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大阪地方裁判所 昭和40年(わ)1366号 判決

主文

被告人浪越豊を懲役二月に、同井本真澄、同片岡重美、同有田朝弌、同池田恒次郎、同高畑好弘、同原一志をいずれも懲役一月にそれぞれ処する。

被告人らに対し、この裁判確定の日からいずれも一年間右各刑の執行を猶予する。

理由

(被告人らの身分)

被告人らは、いずれも大阪市東淀川区塚本町四丁目二の一一番地に本店を置き貨物自動車運送業を営んでいた阪神急行自動車株式会社の従業員で、同会社従業員の一部をもって組織する全国自動車運輸労働組合阪神急行支部の組合員であり、被告人浪越はその委員長、被告人井本は副委員長、被告人片岡、同有田および同池田はいずれも執行委員であった。(なお、同会社は、昭和四六年二月に解散した。)

(本件発生に至る争議の経緯)

一、阪神急行自動車株式会社(以下会社と略称する)は、大阪、東京間の一般路線貨物自動車運送事業のほか大阪、名古屋、横浜、東京における区域貨物自動車運送事業を営み、主として松下電器産業株式会社および同会社の下請会社の製品資材等の輸送にあたっていたもので、本店所在地に塚本営業所を置くほか、守口市、名古屋市、東京都等に営業所を置き、そのうち守口市佐太中町四丁目三五番地所在の営業所を守口センターと称し、同所で本社事務を取扱っていた。

二、全国自動車運輸労働組合阪神急行支部(以下組合と略称する)は、右会社の従業員の一部をもって組織し、各営業所ごとに分会をもうけ、日本労働組合総評議会に加盟し、組合員数は昭和三九年一一月末において約九二〇名であり、被告人浪越、同井本は、書記長高見候宏とともに昭和三九年一〇月中旬、組合三役の役職に選出された。

三、昭和三九年の春斗の結果、会社と組合は、昭和三九年一〇月二一日より労働時間を一五分短縮する旨の協定を締結したが、時間の短縮を始業時にするか終業時にするかについての取り決めをしていなかったため、実施の段階に至ってこれが問題となり、同月中旬ごろからたびたび団体交渉が持たれたが、始業時短縮を主張する会社側と終業時短縮を主張する組合側とが対立し、右一〇月二一日の実施時期に至っても妥結しなかったため、会社側は話合いが成立しないまま同月二二日から始業時間短縮を実施した。

組合側では、会社側の右措置を不当としてこれに抗議するため、かねて、会社が組合との間で締結していた労働基準法三六条の時間外および休日労働に関する協定が昭和三九年四月に失効したにかかわらず、その後も慣行的に時間外労働をさせていたことおよび労働協約では、東京、大阪間の路線は、四日間で運行することになっているのに、実際は三日間で運行させていたことなどを取り上げ、執行委員会において残業拒否と右四日間運行の厳守を内容とする順法斗争を計画し、同年一〇月二八日、これを組合員に指令し、同日より三日間右順法斗争を実施した。

四、会社は、右順法斗争を違法な争議行為であるとし、昭和三九年一一月初旬ごろ、賞罰委員会を開いて、組合執行委員長である被告人浪越、書記長高見候宏、前委員長櫨木辰男の三名の懲戒解雇を決定し、同月一六日ごろ右三名にこの旨を通告したが、そのうち右高見については、同人が書記長として右違法な争議行為を企画・指導したこと、被告人浪越については、同人が委員長として右違法な争議行為を企図・指導したことのほか、昭和三九年の春斗に際し副委員長として越軌行為を指導したこと、右櫨木については、同人が昭和三九年の春斗に際し委員長として越軌行為を指導したことなど不当な行状があったことをそれぞれの解雇理由としてあげた。

組合においては、右三名の解雇は、組合を弱体化させる意図に出た不当労働行為であるとして、右解雇の撤回を求めるため委員長浪越豊名義で会社に対してたびたび団体交渉を申し入れたが、会社は、浪越が被解雇者であって、組合の正当な代表者ではないとして、その都度右申入書を送り返し、団体交渉に応じなかった。

また、組合は、同年一一月下旬ごろ、委員長浪越豊名義で、会社に対し年末一時金の要求書を提出したが、これに対しても、会社は、右要求書が浪越名義でなされているとしてこれを送り返すとともに、組合に対し、新三役を選出するか、あるいは臨時年末社員協議会を設けて年末一時金問題を話し合うことを提案し、被解雇者との交渉は一切拒否する態度に出、さらに同年一一月分から組合費のチェックオフを一方的に打切った。

(組合側のビラ貼り行動について)

組合内においては、会社の右のような態度に対し、あくまでも現三役を押し立て、争議行為で対抗すべきことを主張する一派と、被解雇者を除いて団体交渉で解決すべきことを主張する一派とが対立していたが、組合は同年一一月二五日前示三名の解雇撤回と年末一時金要求のための三権集約の投票を行なった結果、組合員総数九二一名中、賛成五六五、反対二一六、棄権その他一四〇で執行部一任が決定された。そこで組合は、対策決定のため、同年一二月一日、被告人浪越、同井本、同池田、同有田ほか一七名が出席して執行委員会を開催したが、結論に達しなかったので、同月二日再び執行委員会を開催し、被告人浪越、同井本、同池田ほか一五名が協議した結果、同月三日会社に対して争議予告をしたうえ、同月七日からビラ貼り等の争議行為を開始する旨を決定した。前示のようにスト権が確立されているに拘らず、組合が争議手段としてビラ貼りを決定したのは、当時組合内部に第二組合結成の動きが認められるような情勢があったため、ストライキを行えばそれを契機として組合の組織が分裂する危険があったこと、およびビラ貼りが最も手軽で、かつ効果的な戦術として一般組合員の多数の支持を受け易かったためである。

そこで、組合は、同月三日、会社に対して同月七日から争議行為に入る旨の争議予告を行なったが、同月七日には一部組合員が執行部の退陣を要求し、第二組合を結成する事態が発生したため、同日夜再び執行委員会を開き、そこで組合役員である被告人らは、会社に再度団体交渉を申し入れること、もし翌八日夕方までに会社がこれを受諾しない時は、同日夜より組合員を動員しビラ貼り等を実行することを決定し、団交申入書を会社側に提出したが拒否されるに至ったため、一二月八日夜から予定通り会社の建物等にビラ貼り等を行なうことを組合員に指示し、かくして、組合は、一二月八日から、毎晩一〇名ないし数一〇名の組合員を動員し、守口センターを中心として、会社の建物、車輛等にビラ貼りと落書を行ない、本件に至った。

一方会社は、組合側がビラ貼り等をはじめるや、組合に対し、同月九日以降その禁止を警告し、ビラ貼り、落書をする者はこれを処分する旨社内掲示板に掲示し、また同日には、守口センター内に歳末警備本部を請け、一二、三名の警備員を配置して、ビラ貼り等の警戒とその除去に当たらせたため、同日以降は、毎晩組合側がビラ貼り等を行ない、警備員がそれを除去するという事態が繰り返された。

(罪となるべき事実)

被告人浪越、同井本、同片岡、同有田、同池田、同高畑および同原は、前示のように会社と組合との間に発生した被告人浪越ほか二名に対する懲戒解雇の撤回、年末一時金の支給などに関する労働争議中、前示のような執行委員会の決定にもとづいて、会社所有の守口センターおよび塚本営業所の各本館建造物、器物等に多数のビラを貼りつけ、あるいは落書することを企て、ほか多数の組合員らと共謀のうえ、

第一、(一) 右の目的をもって、昭和三九年一二月一九日午後一〇時三〇分ごろ、同会社代表取締役酒井朋三の看守する守口市佐太中町四丁目三五番地所在の同会社守口センター内鉄筋コンクリート三階建本館建物内に同館表玄関などから侵入し、もって故なく人の看守する建造物に侵入し、

(二) 組合員多数と共同して、右日時ごろから翌二〇日午前六時ごろまでの間、右守口センター内において、右本館建造物の外壁、廊下の壁面、階段、天井、外壁の庇部分、床上その他の建造物に「首切反対」、「団交要求」、「団結」等の文言を墨書するなどした新聞紙八つ切りまたは一六切りのビラ合計約二、二四八枚をメリケン粉製の糊で貼付し、同所に備付けの器物である硝子窓、扉等に右同様のビラ合計約五三〇枚を右同様にして貼付し、かつ右建造物および器物に白色水性塗料で右ビラ同様の文言を多数書きつけ、右建造物および器物の外観もしくは美観を著しく汚損してその効用を減損させ、もって同会社所有の建造物を損壊するとともに数人共同して同会社所有の器物を損壊し、

第二、(一) 前示第一の(一)記載の目的をもって、同月二〇日午前二時ごろ、前示酒井朋三の看守する大阪市東淀川区塚本町四丁目二の一一番地所在、同会社塚本営業所内鉄筋コンクリート二階建本館建物内に同館表玄関などから侵入し、もって故なく人の看守する建造物に侵入し、

(二) 組合員多数と共同して、右日時ごろから同日午前六時ごろまでの間、右営業所内において、建造物である右本館の外壁、各室内、廊下の壁面、階段等に、前示第一の(二)記載と同様のビラ合計約五六〇枚をメリケン粉製の糊で貼付し、同所に備付けの器物である扉、板戸、硝子窓、書棚等に、右同様のビラ合計約八四枚を右同様に貼付し、かつ右建物および器物に白色水性塗料で右ビラ同様の文言を多数書きつけ、右建造物および器物の外観もしくは美観を著しく汚損してその効用を減損させ、もって同会社所有の建造物を損壊するとともに数人共同して同会社所有の器物を損壊したものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

被告人らの判示第一および第二の各(一)の所為は、いずれも行為時においては刑法六〇条、一三〇条、昭和四七年六月一二日法律六一号による一部改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては刑法六〇条、一三〇条、改正後の罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、犯罪後の法律により刑の変更があったときにあたるから刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、判示第一および第二の各(二)の所為中建造物損壊の点は、いずれも同法六〇条、二六〇条に、組合員多数と共同して器物を損壊した点はいずれも行為時においては暴力行為等処罰に関する法律一条(刑法二六一条)、前示法律六一号による一部改正前の罰金等臨時措置法三条一項二号に、裁判時においては暴力行為等処罰に関する法律一条(刑法二六一条)、改正後の罰金等臨時措置法三条一項二号に該当するが、犯罪後の法律により刑の変更があったときにあたるから刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、右各建造物侵入と建造物損壊および暴力行為等処罰に関する法律違反との間には手段結果の関係があるのでいずれも同法五四条一項後段、一〇条により一罪として最も重い建造物損壊罪の刑で処断することとし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の(二)の建造物損壊の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で、被告人浪越を懲役二月に、被告人井本、同片岡、同有田、同池田、同高畑、同原をいずれも懲役一月にそれぞれ処し、情状により同法二五条一項を適用して被告人らに対しいずれも一年間それぞれその刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人らに負担させないこととする。

(弁護人らの主張に対する判断)

一、弁護人は、まず、本件被告人らのビラ貼り等の行為は建造物損壊または暴力行為等処罰に関する法律違反(器物損壊)の構成要件に該当しない旨主張するので、この点について判断する。

刑法二六〇条および二六一条にいう「損壊」とは、物質的に物の全部または一部を害し、またはその物の本来の効用を滅却あるいは減損させる行為を指称するが、その効用のうちには、その物の美観ないしは外観も含まれるものと解される。およそ建造物であれ、その他の器物であれ、物にはすべてその物の機能とか価値などに応じた固有の美観ないしは外観があり、これを著しく汚損すること、すなわち、本来美的価値のある外観を汚損する場合はもちろん、然らざるものでも現に存する固有の外観を社会通念に照らし著しく汚損することによって、物の効用を減損したと認められる場合には、たとえ物の本質的機能を害する程度に至らない場合であっても、なお右両法条にいう「損壊」にあたると解すべきである(ただ、物の外観の著しい汚損を損壊と解するについては、同じく物の外観を保護法益とする軽犯罪法一条三三号の規定との関係において疑問が生ずるが、軽犯罪法違反と建造物または器物損壊との区別は、結局は物の外観に対する汚損の程度の量的差異、すなわち外観の汚損によって物の効用が滅却減損に至ったと認められるか否かに帰着するものと考えられるのであり、その外観の軽微な汚損、すなわち、物の効用の滅却減損に至らないと評価される場合には軽犯罪法違反となるに過ぎない。もっとも、物の効用の滅却減損に至ったかどうかを判断するについて、その物の属性や機能なども重要な判断資料になることはいうまでもない)。

これを本件についてみるのに、被告人らの本件ビラ貼り等の行為は、判示認定のとおりであるが、さらに前掲各証拠によれば、まず守口センター関係について、本件ビラ貼り等の対象になった本館建物は、建面積二八二・二七平方米の鉄筋コンクリート三階建建物で、一階は南側に運行課事務室、食堂、厨房、女子更衣室、北側に更衣室、浴室、ボイラー室等があり、二階は真中に廊下をはさんで南側に応接室、社長室、会議室、庶務課室、人事課室、北側に経理課室、倉庫、炊事場、便所があり、三階は独身寮になっていて、外壁はクリーム色セメントモルタル刷毛引き吹きつけで仕上げられた建物であり、運送営業のための比較的実用を旨とした建造物であって、特別な美観威容を本来的要素とするものではないが、運送事業を営むために必要かつ十分な外観を有していたことは明らかである。

ところで、右のような建造物等に被告人らが行なったビラ貼り、落書の方法は、壁、天井、扉、ガラス窓等に刷毛で一面にメリケン粉製糊を塗りつけ、その上に判示のように「首切反対」、「団交要求」等の文言を墨汁、朱墨、マジックインキ等で書いた新聞紙八つ切りまたは一六切りのビラ合計約二、二四八枚を裏が密着するように貼りつけ、硝子窓、扉等の器物に右同様のビラ合計約五三〇枚を右同様に貼りつけ、かつ右建造物および器物に白色水性塗料で右同様の文言を多数書きつけたのであるが、これらの物件は建物の一部を構成するかあるいは建物に備付けられ一体となって建物本来の効用に奉仕するものであるから、かかる大量の新聞紙のビラがところかまわず貼付され、かつ多数の落書がされたためはなはだしく不体裁になり、ガラス窓一面にビラを貼られた南側の一、二階の各室は採光を害され、特に二階廊下は、両側の壁、扉、床、天井に殆んど空き間がない位ビラ貼りと落書がされたため、一見したところ出入口等がわかりにくいような外観を呈し、本件が労働争議中になされたものであることを勘案しても、建物全体として無秩序かつ不清潔な様相を呈するに至ったものであり、また前示窓ガラス、扉等の器物についても同様である。さらに、本件貼付のビラおよび落書の除去作業には金テコ、消火用ホース、スチームクリーナー、棒ブラシなどが必要であり、これらを用いても除去に相当の時間と労力を要したことが認められるのみならず、除去作業の結果壁の上塗りが剥げて下地があらわれるとか、糊のあとが汚なくむらになって残っているとか、ビラ除去のためにスチームクリーナーを使用したため運行課横のベニヤ板壁の中央部が彎曲するなど、ビラ、落書の除去後においてもなお汚損が残存したものである。

つぎに、塚本営業所関係について、本件ビラ貼り等の対象になった本館建物は建面積四〇〇・一二五平方米の鉄筋コンクリート二階建建物で、一階には事務所、守衛室、倉庫、自動車協会事務所が、二階には所長室、浴場、便所、炊事場、宿直室、食堂および独身寮(七室)があり、守口センターの本館と同様、運送営業のための比較的実用を旨とした建造物であって、特別な美観威容を本来的要素とするものではなく、守口センターの本館建物より少し薄よごれた感じはするものの、運送事業を営むために必要かつ十分な外観を有していたことは明らかである。

ところで、右のような建造物等に被告人らが行なったビラ貼り、落書の方法は概ね守口センターの場合と同様であり、その状況は判示のように本館建物の外壁、各室内、廊下の壁、階段等に約五六〇枚のビラ貼りと約一九二か所の落書を行ない、扉、その他の器物に対しても約八四枚のビラ貼りと約八六か所の落書を行なったものであるが、これらの物件は守口センターの場合と同様、建物の一部を構成するかあるいは建物に備付けられ一体となって建物本来の効用に奉仕するものであるから、かかる大量の新聞紙のビラがところかまわず貼付され、かつ多数の落書がされたため、はなはだしく不体裁無秩序かつ不清潔な様相を呈するに至ったと認めざるをえない。さらに原状回復の点についてみても、守口センターの場合と同様除去作業に金テコ、棒ブラシ、洗車ブラシ、スチームクリーナーなどが必要とされ、これらを用いても除去に相当の時間と労力を要したことが認められるのみならず、食堂内の土壁に水性塗料で書かれた落書は、土壁に直接書かれたため結局消去することができず、所長室前廊下の北側壁面は、ビラ除去のため水で湿したためか、上塗の部分がふくらみ剥離するなど原状回復できなかったところが生じており、その他糊のあと等が汚なくむらになって残るというところが生じ、ビラ、落書の除去後も汚損が残存した。

そうとすれば、本件被告人らのビラ貼りおよび落書によって、守口センター本館建物とその備付の窓ガラス、扉等の器物および塚本営業所の本館建物とその備付の窓ガラス、扉等の器物は、いずれもその外観ないしは美観が著るしく汚損され、運送事業のための営業用建物としての本来的な効用を減損されたものと認めるべきであるから、前示ビラ貼り等の行為は建造物および器物の損壊罪にいう損壊にあたり、これらの構成要件に該当するものと解される。

二、弁護人は、被告人らの本件ビラ貼り等の行為が、仮りに建造物損壊と暴力行為等処罰に関する法律一条(器物損壊)の構成要件に該当するとしても、これらの行為は労働組合の組合活動として正当なものであるから労働組合法一条二項本文の適用があって違法性が阻却される旨主張するので、この点について判断する。

まず、本件ビラ貼り等の行為が争議行為として行われたことは前示のとおりである。そして、そもそも労働争議における闘争手段としてのビラ貼り行為が、組合員に団結を呼びかけ、一般公衆に争議の存在と組合の意見、要求等を宣伝し、組合への支援を訴えることを目的とする情宣活動であるとともに使用者に対する抗議あるいは示威運動として有効な組合活動であることはいうまでもない。しかしこれが企業施設を利用して行なわれたために使用者の施設管理に支障をきたし、ことに本件のように建造物損壊あるいは暴力行為等処罰に関する法律違反(器物損壊)にあたるべき場合においても、なお正当な組合活動として刑罰法上の責任を免れるものであるかどうかは、一概に断定されるべきことがらではない。争議手段としての組合活動がたとえ刑罰法規に触れる行為であっても、労働組合法一条二項本文の適用により免責されるためには、その行為が暴力の行使に該当せず、争議行為の目的の正当性、争議行為としての重要性および当該争議行為によって会社側などが蒙るべき損害と組合側の目的とする利益との比較衡量、会社側の態度をも含めた争議行為をめぐるもろもろの情勢、その他諸般の事情を総合考慮し、社会的に相当と認めるべき範囲内にとどまるものでなければならない。そして、殊に右にいう会社側の態度としていわゆる不当労働行為にあたる事由があるとすれば、そのような事情は、組合の争議行為の目的の正当性を裏付ける事実とされるべきは勿論、その方法の相当性を判断する場合にも十分勘案されるべき事柄であり、従って組合活動の正当性は、つねに会社の態度との関連で評価されるべきこと、弁護人主張のとおりである。しかし、会社に不当労働行為があれば、いかなる態様の争議行為も正当化されるということはいえないのであって、問題はその限界いかんということである。ところで、本件において最も問題となる点は、会社側に不当労働行為があったかなかったか、あったとすればどのような程度、態様のものであり、それが本件被告人らのビラ貼り行為等の相当性を判断するうえでどのように考慮されるべきかということである。

まず、本件争議に至る経緯については前示認定のとおりであり、前掲各証拠によれば、本件争議において、会社のとった態度は、後記のように被告人らの所属する労働組合のいわば、切り崩しを意図した不当労働行為と認めるべき余地が十分考えられるのである。ところで、本件は、前示のとおり会社が被告人浪越らを解雇し、その後同人名義による団体交渉の要求を一切拒否していたことから発生した事件であるが、まず、右解雇の当否についてみるに、会社が解雇理由としてあげている「違法な争議行為を企図・指導した」という点であるが、当時会社は、いわゆる三六協定なしに従業員に残業させていたのであるから、組合側が残業を拒否したからといってそれを非難できる立場になかったこと、また東京、大阪間四日間運行厳守の要求も、労働協約で決められている通りに実行するということであって、いずれにしても会社としては本件順法斗争に対してとやかくいえる立場にはなく、組合は順法斗争の開始に際し、日時、方法の通告という点で、厳格にいえば、会社との事前通告協定に違反している点はあったけれども、一応事前通告はしていること(昭和三九年一〇月二六日付浪越豊作成の通告書と題する書面写し参照)を考えれば、右解雇は処分として過酷にすぎることは勿論のこと、不当労働行為と認められて然るべきものである。またその他の解雇理由は全く附随的なもので特に問題とするに足りないものである。つぎに、会社は、右浪越の解雇後は、同人が組合の正当な代表者ではないとして、同人名義の団体交渉の申し入れを一切受けつけず、すべてこれを送り返していたのであるが、誰を組合の代表者に選ぶかは組合が自主的に決めるべきことであり、組合としては被告人浪越の解雇を不当労働行為として争い、従って従業員資格を失ったとする会社の主張を争っている場合において、会社が、本来組合の自主的な規律である組合規約を楯にとって団体交渉を拒否することは許されず、これまた不当労働行為というべきである。なお、労組法七条二号にいう「使用者の雇用する」という文言は「労働者」にかかるのであって「代表者」にかかるのではないから、法の趣旨としては「代表者」は必ずしも従業員であることを要しないと解される。)その他前掲各証拠によれば、会社は昭和三九年一一月分から組合費のチェックオフを一方的に打切ったこと、昭和三九年春斗時から第二組合結成の意図を表明するなど不当労働行為と認めるべき余地のある行為を行なっていることも認められるのである。

組合が右のような解雇を不当とし、その撤回および年末一時金の要求を含めて会社に団体交渉を要求し、これを不当に拒否する会社に対して争議行為をもって対抗することは誠にもっともなことであり、本件ビラ貼り等の行為の動機・目的は、まさに正当というべきである。

右のように、本件では、会社による被告人浪越らの解雇および団交拒否という不当労働行為があり、しかも右不当労働行為を含む会社側の態度はきわめて強硬であって、尋常な手段ではその反省を期待することができず、組合としては右不当労働行為について救済命令を求めて大阪地労委に提訴し、さらに解雇を争って裁判所に訴えるなど法的手段に訴えたが(前掲被告人浪越の供述部分および昭和四〇年八月二〇日付酒井朋三、浪越豊作成の協定書写参照)、いずれも早急な救済は期待できず、前示のように年末一時金の要求という緊急の問題をかかえていながら、ストライキ、団体交渉など争議解決のための手段がいわば事実上すべて封じられたといい得るような状態のなかで、会社の不当解雇、団交拒否に対する抗議、責任追及の手段としてビラ貼り等の戦術が採用されたものである(なお、組合は一二月七日の執行委員会で、年末一時金の支給という緊急の問題解決のため、従来の浪越委員長名義の団交申入を、やむを得ず一歩退き、井本副委員長名義で行うことにしたが、この文書も翌八日朝会社から「組合に一貫性がなく、副委員長が正当な代表とは認め難い」として返された事実がある。

ところで、前示のようにビラ貼りが組合にとって有効な情宣活動であり組合活動として重要な意味を持つものであり、会社側に前示のような不当労働行為が存在し、本件ビラ貼り等の行為がこれに対抗するためのやむを得ざる争議行為の戦術として行われたものであるからといって、前示のように建造物損壊等刑罰法規に触れる行為が、それがいかなる態様のものであっても労組法一条二項本文の適用をうけ正当化されるとすることができないこと前示のとおりである。

そこで、本件被告人らのビラ貼り等の行為を考えるのに、その態様、程度は構成要件該当性に関する判断のところで示した通りであり、まず、ビラの紙質、その大きさ、貼られた枚数、貼られた個所等に加え数多くの水性塗料による落書からすれば、前示争議行為の正当性を判断するための一般的な考え方に照らし、特にビラ貼り行為等の目的が正当であり、会社側に前示のような不当労働行為があるなど本件争議行為の経過のあらゆる事情を考慮しても、なお社会通念上労働組合の情宣活動ないしは争議戦術として通常許容される限度を越えたものであると認めざるを得ない。

なお、弁護人は守口センターのビラ貼りの相当性を検討するに当っては、事件当夜、会社側の歳末警備本部の責任者広瀬実と当日の組合責任者被告人池田との間で、ビラ貼りの場所等について協定ができたことを重視すべきであると主張する。そして、関係各証拠によれば、両者の間で組合側がビラを貼付する場合を限定する代りに、会社側がそれを翌日まではがさないことを内容とする話し合いがなされたが、組合側に違反行為があったため、右広瀬が被告人池田に対して右協定を破棄する旨のべたことが認められる。その他右各証拠によれば、結局右協定は破棄されたものと認めるのが相当のように思われるが、その点はさて置いても、広瀬が協定に応じようとしたのは、広瀬としては会社の指示をうけてビラ貼りを禁止するために警備についていたのであるが、相手は禁止しても貼ることは明らかであり、どうせ貼られるのならなるべく狭い範囲にとどめたいという考えによるものであって(第三七回公判調書中証人広瀬実の供述記載)、かりに右のような協定が成立したとしても、それをもって本件ビラ貼りについて会社側の承諾があったとすることはできず、広瀬自身も会社のビラ貼り禁止を解除できるような立場になかったことは明らかであるといわねばならない。したがってビラ貼りの相当性を判断するに当って、右の事実を重視するのは相当でない(ただし、この点は、被告人側にとって一つの有利な事情にはなりえよう)。

三、弁護人は、守口センター、塚本営業所いずれの建物とも施錠はされておらず、またビラ貼り行為は労働組合活動としての基本的な権利の行使として正当な行為であるから、ビラ貼りのため建物に入ることは何ら違法ではなく、住居侵入罪にはならない旨主張するので、この点について判断する。

関係各証拠によれば、塚本営業所の建物には施錠されていなかったことが認められ、守口センターの建物については、施錠の有無に関しにわかに断定し難いところがあるが、いずれにしても被告人らがビラ貼り等の行為のために本件建物に入ることは、建物看守者の意に反していることは明らかであり、かつ本件ビラ貼り等の行為は前示のように正当な組合活動としての限界を越え、建造物損壊罪または器物損壊を内容とする暴力行為等処罰に関する法律違反罪として有罪と認めるべきであるから、住居侵入罪が成立するものと解する。

四、弁護人は、また本件のような具体的な状況のもとにおいては、被告人ら労働者としては、このような行為に出ざるを得なかったのであり、他の行為に出る期待可能性がなかった旨主張するので、この点について判断する。

すでにくわしくみたように、被告人らが本件ビラ貼り等の行為に出たこと自体については、やむを得なかったと認められるような事情が多々存するのであるが、先にのべたように本件は争議行為として社会的に相当と認められる限界を越えており、本件において認められるあらゆる事情を考慮しても、被告人らに対し、ビラ貼り行為等について本件のような程度には至らず相当とされるべき限度内におさえた行為に出ることは十分に可能であったと認められるのである。

結局、弁護人らの主張はいずれも採用することができない。

(公訴棄却の申立に対する判断)

弁護人および被告人は、本件公訴は、労働組合を破壊させる意図をもって、労働争議に警察、検察権を介入させ、特に組合活動家八名に対してなされたもので著るしく公平さを欠き公訴権の濫用というべきであり、また公訴事実中住居侵入の点については訴因が特定せず不明確であるから公訴棄却さるべきである旨申立てている。もとより、労働争議は、労使が対等の立場で自主的に解決することが基本であり、警察、検察権が争議に介入することは極めて慎重でなければならず、介入せざるを得ない場合においてもいやしくも公正中立を疑われるようなことは厳に慎しまなければならないことはいうまでもない。その意味において、例えば第四九回公判調書中証人南正人の供述記載および同人作成の「東京関係第一組合員名簿送付の件」と題する書面写によって認められる東京営業所の人事課において東京関係第一組合員のうち検挙予定者などに印をした名簿を本社人事部に送付している事実は、いかにも露骨で会社が警察権を借りて組合に対する弾圧を意図したのではないかと疑われてもいたしかたないことで誠に遺憾であり、前述のように会社側に相当はげしい不当労働行為が認められる本件において、これに抗議するためになしたビラ貼り等の行為について起訴された被告人らとしては、本件起訴は組合活動を抑圧するためになされたものと考えるのも無理からぬ点があるというべきである。

しかしながら、前述したように会社側に不当労働行為があれば、常に労働組合員のあらゆる組合活動が正当化されるものではなく、本件は前示認定のように組合活動としての限界を越えているものと認めざるを得ず、また建造物損壊罪および暴力行為等処罰に関する法律違反の罪はそれ自体いずれも軽微な犯罪ということはできないのであるから、前示のような事情は、いまだこれをもって本件公訴提起自体を刑訴法第二四八条の起訴便宜主義の裁量を著しく逸脱した公訴とは認め難い。また、住居侵入罪の訴因が不明確であるとする点については、検察官の釈明によれば、問題となる「共謀」について、「被告人ら八名は犯行当日の昭和三九年一二月一九日夜守口センター内に全員集合し、同現場で守口センター本館建物および塚本営業所本館建物に侵入せんことを共謀した」というのであるから、訴因として不特定または不明確であるということはできない。

(裁判長裁判官 児島武雄 裁判官 森野俊彦 裁判官河上元康は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 児島武雄)

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